日記

「お」展の「おんぶ」

9月15日から20日に
オーパギャラリーにて開催された「お」展が
無事終わりました。
「お」をテーマにしていればなんでも描いて良しのグループ展なんて
今まであったでしょうか。
予想通り、それぞれが自由に描いている、とても楽しい展覧会でした。
お越しいただいたみなさま、出展者のみなさま、
そしてお誘いいただいたタラジロウさん、
どうもありがとうございました。

自分は「おんぶ」をテーマに描きました。
以下展示に寄せたコメントです。

僕には3歳の双子の子どもがいるので、よくおんぶをします。
代わり番こにおんぶをした時の子どもたちは、
きゃっきゃと声をあげ、背中で楽しそうにしています。
他の生き物の子どもも、おんぶが好きに違いありません。

こけし祭りの未来に今できること

鳴子温泉にて9月2、3日に開催された
第63回全国こけし祭りが終わりました。
ここ3年は小さな双子を連れての参加でしたので、
会場をくまなく見たりする余裕はありませんでしたが、
もう3歳になったこともあって、
こけしへの絵付けも楽しめるようになりましたし、
このこけしがかわいい!とか、こわい!などという反応もあり、
久しぶりに祭りを楽しめたような気がしています。
昨年会えたゆるキャラのなる子ちゃんとも再び会えて嬉しそうでした。
今回のコンクールで最高賞を獲られた早坂利成さんの足踏み轆轤によるこけしも、
これからのこけし界を左右するようなこけしだったように思います。
あのこけしを起点にこけしの本質へと潜る工人が多く出てくることを
期待しています。

2日に行われた座談会では
西荻イトチの伊藤さんと一緒に司会のような役割で出させていただきましたが、
前日まで風邪をこじらせ寝込んでいたので、
いつも以上の鼻声でお聞き苦しいものだったのではないでしょうか。
聞いてくださった皆様、申し訳ありませんでした。
そしてありがとうございました。

座談会のテーマは「こけし祭りの未来に今できること」。
ここ数年のこけし祭りは、
第3次こけしブームとその余波によって
たくさんの若いお客さんを集め、
多くの賑わいを見せています。
しかし、その内情は
後継者不足により人手が足りず、
いくつもの業務を少ない工人と役場の方々がこなすことで、
なんとか開催できているという状況です。
小学校の体育館という大きな会場の設営も
ほぼ工人だけでやっているのです。
どう見てもひとりひとりへの負荷がかかり過ぎています。
その問題をどうにか解決しなくては、
10年後、5年後ですら、こけし祭りはできなくなっているかもしれない。
そんな危機感から鳴子の工人の方々に
いま、こけし祭りをどんな風に思っているのか、
これから先、どうしていくべきか聞いてみたいと思い、
「こけし祭りの未来に今できること」という
テーマでいろいろとお話をお聞きしました。

座談会に参加してくださった工人は
大沼秀顯さん、柿澤是伸さん、早坂利成さん、松田大弘さん。
みなさん実直に、それぞれの想いを話してくださったことで、
たくさんの問題が浮き彫りになり、
その問題の根の深さを知ることになりました。
どこまでここに書くべきか悩むところですが、
議題として上がったのは

・後継者がいない
・予算がない
・工人と町の人との間に温度差がある

このようなことです。
どれもすぐに解決できる簡単な問題ではありませんし、
僕がどうにかできることではありません。
僕が知らないこともたくさんあるのでしょう。
鳴子温泉がある大崎市は
後継者がいない現状をどう見ているのか。
僕が知る限り、
20代の工人は松田大弘さんただ1人(修行中を入れたら2人)。
宮城県内の他のこけしの産地では、
市が募集をかけ、工人の育成を行っていて、
そのうちの何人かは、工人として立派に活躍しています。
だからできないことではありません。
大崎市が鳴子のことを、こけしのことをもっときちんと扱ってくれるなら、
予算の問題も多少は良くなってくるかもしれません。
そして町の人との温度差。
こけしが、この祭りが、鳴子という町にとって
とても大切なものであることを、
もっともっと町の人にも気づいてほしいし、知ってほしい。
鳴子にはこけしがあるということを誇りに思ってほしい。
お土産屋さんも、東北以外で作られる近代こけしを置くのではなく、
鳴子のこけしをもっと置いてほしいし、
ホテルや旅館でもきちんとしたこけしが買えるようにしてほしい。
町全体で一丸となってこけしを支えてほしい。
そうすればこけしは、この祭りは続いていくはずです。
続いてくれなければ困るのです。

お話くださったみなさんが口を揃えて言っていました。
「鳴子のこけし祭りは、特別なんだよなあ。」
僕もそう思います。

写真はうちの双子(3歳)が絵付けしたこけし。
木地は高橋輝行工人。

太田孝淳工人のこと

太田孝淳工人は言いました

何かの型を作るよりも、
古いこけしから出ている空気みたいなもの、
そんなものを感じるこけしを作りたいんです。
見ているとどれも本当に良いなあと思うものですから、、、。
ほのぼのしていて、のびのびしていて本当に良いですねえ。

土湯温泉で作られた古いこけしを二人で眺めながら、
その底知れぬ魅力について長い時間お話してきました。
5月のことです。
ここで言う古いこけしとは、
こけしが「伝統」になる前の、
のびのび、ほのぼのとしたこけしのことです。
まだ子どもの手の中にあり、
ただの玩具として存在していた頃のこけし。

こけしは「伝統」という名前がつくことで、
それまで築き上げてきたものを守ることができ、
「伝統こけし」として、今へと繋がれてきました。
しかしその一方で「伝統」という冠にあぐらをかいて、
その奥にある本質を見落としてきたとも言えるのではないでしょうか。
そしてその冠によって
どこか窮屈な枠に押し込められてしまったのも事実です。
ならば、そんな枠から飛び出て、
工人それぞれが思うこけしの本質を挽き出すことができたら、
のびのび、ほのぼのとした
本来のこけしの姿に立ち返ることができるのではないか。

ただそれは「伝統」を無視していいということではありません。
伝統を守って自分の中に取り込み、
それを破壊し俯瞰でみて、
そこから離れていくこということが必要なのではないか、
ということです。
守破離の精神です。
常に身体の中に「伝統」を感じながらいることが大切なんだろうと思うのです。
やみくもに破壊したり、離れたりするのなら
はじめから伝統こけしをやる必要はありません。
どれだけ強く「守」でいられるかで、
「破壊」し「離れる」時の力は強くなり、
こけしの本質へ近づいていくのではないでしょうか。
太田さんはその姿勢でこけしを挽いているように思えます。

この太田さんのこけしには
僕が土湯こけしに対して求めている魅力が全てつまっています。
木地は品良く粗く仕上げられ、
そこに染まった色は瑞々しく滲んでいます。
白く抜かれた眼点は、
太田さんの土湯こけしへの敬意の表れです。
ほのぼの、のびのびとした、
玩具らしい情感に満ちたこけしです。
素晴らしい。

 

 

佐藤晃一先生の言葉

佐藤晃一先生が
亡くなられて今日で1年。
もう1年か、、、。

ある時事務所に遊びに行かせていただいた時、
先生は電気的なものが好きでしたので、
おみやげに簡易式のテルミンを差し上げました。
すると

「使い方がわかりませんねえ。テルミンの使い方をテルミー(tell me)」

散々言われてきた厳しい言葉と共に、
そんなくだらないダジャレでさえも、
今でも自分の中に残っています。
よく言っていたなあ、好きだったなあと。
会いたいなあ。

絵は油揚げと厚揚げ。
先生の初個展へのオマージュです。

トークイベント「郷土玩具の起源とその魅力」のこと

こけし堂での「郷玩あれこれ 原画展」のトークイベントでは
「郷土玩具の起源とその魅力について」というテーマでお話しをしました。
3年前の川口のメディアセブンでの講演とほぼ同じ内容で、
それにこの3年の間に調べたことや考えたことも加え、煮詰めたもので、
ざっくりと、以下のような話です。

郷土玩具は基本的に「土」「木」「紙」でできていて、
土は土偶、木は木偶、紙は形代がそれらの祖先ではないでしょうか。
郷土玩具はおろか、玩具とも言えないものですが、
起源はわかっているだけでも
土偶は縄文時代、木偶は弥生時代、形代は奈良時代まで遡り、
どれにも「信仰」や「祈り」という想いが
母体となっています。
その想いは、
日々を、これからを、少しでも良くしたいという柔らかく強いもので、
土偶が誕生した縄文時代よりも古くから存在していたのでしょう。
それらは、そんな想いを抱えたまま時代を経て、
江戸時代に発展、成熟し、玩具へと変化していきました。
そして明治時代、世の中に郷土という意識が芽生えたことで、
郷土玩具は誕生し、今に至ります。
そして郷土玩具の母体となった想いは
郷土玩具の魅力を作る本質的なもので、
そこには人々の想いの普遍性をみることができます。
そんな本質が見えてくる郷土玩具に魅力を感じます。

そんな話です。
川口での講演からの3年の間に、郷土玩具界は変化し、
廃絶した産地もあれば、復活した産地もあります。
新しく郷土玩具を取り扱うお店が増えた一方で、
ファッションの一部として消費され、飽きられ、
ここ最近作られたものがヤフオクに出品されたりもしています。
作り手の想いや、
それを繋げてきた人たちの想い、
郷土玩具の母体となっている想いまでもが
置き去りにされているのを感じ、
悲しい気持ちになることも多々あります。
そんなこと言っていると、
「精神論だ!」と言われてしまったりして、
なんとも言えない気持ちになりますが、
精神が、想いが、そこになくて、
なんの意味があるのでしょうか?
それは別物なのでは?
以前からそのように思っていましたが、
川口からの3年間で
その想いは、より強いものになったように思います。
今回のトークイベントは
それを自分自身で知る大きな意味のある時間でした。
想いや本質のような曖昧なものを、
うまく言葉にできな自分に辟易としますが、
よりしっかりとした想いで伝えていかなければいけないなと感じています。

「郷玩あれこれ」は全国の地方新聞にて掲載されたものですが、
第二弾の連載を近いうちにできそうです。
その時またお知らせいたします。

郷土玩具をこれからもどうぞよろしくお願いいたします。