日記

「日本の郷土玩具」で販売する玩具のこと

昨年の「日本の郷土玩具」の会期中、
郷土玩具を見ているわけでも、僕の絵を見ているというわけでもなく、
ギャラリー巡りをしているわけでもなさそうな方が
緊張した面持ちでギャラリーに入ってきました。

「Kと言います。
突然話しかけてしまいすみません、、、
ちょっと見ていただきたいものが、、、。」

そう言うと、すっとipadを取り出し、
いくつかの写真を見せてくれました。
画面にうつるのは、棚にぎっしりとつまった郷土玩具たち。
昭和30年代頃から平成初期頃までに作られたであろうもので、
綺麗に整えられた今の玩具の魅力とは違い、
歪で無垢な美しさに満ちているものばかりです。
良いコレクションですねえ、なんて言いながら写真を眺めていると、
Kさんは言葉を選びながらも丁寧に話を聞かせてくださいました。

「これは自分のものではないんです、、、。
亡くなった父が集めてきたこの玩具たちをどうすればいいのかわからず、、、。
いくつか大きいものは博物館に寄贈して、
一度展示をしてもらいましたが、あとは倉庫にしまわれたままで。
資料としてはいいのかもしれませんが、
薄暗い倉庫の中で、誰にも見てもらえず、
それでは玩具もかわいそうですし、父も納得していないんじゃないかと、、、。
どうすれば残された玩具たちも作り手の方も父も納得できるのだろうと調べていて、
佐々木さんを知り、話を聞いていただきにきました。
どのようにしたらいいと思いますか?」

蒐集家にとって、
蒐集したものを将来どうしていくのかということは大きな問題で、
次の世代にうまく託すことができればいいのですが、
持ち主が突然死んでしまった場合、
家族はその量に圧倒され、どうすればいいのかわからず、
途方にくれてしまいます。
その結果業者に丸投げするか、最悪捨ててしまうか、、
といったことも多いようです。
少しでも早く整理したくなるのでしょう、
気持ちにケリをつけるためにも。
Kさんもそんな気持ちになっても不思議ではない状況にもかかわらず、
玩具や作り手のこと、そしてお父様のことを想い、
僕なんかのところにきてくださったのです。

毎年「日本の郷土玩具」に来る方々は、
こけしや郷土玩具のイベントで近頃よく見る、
あの殺気立った雰囲気はなく、
とても穏やかに、じっくりと見て、購入される方がほとんどです。
それがはじめての郷土玩具だという方もいらっしゃいますし、
この企画で魅力を知り、
産地に行ってきましたと報告してくださる方も。
きっとみなさん今でも大事にしてくれていることでしょう。
そんな方々がきてくださる「日本の郷土玩具」で販売するのなら、
お父様の玩具のこともきっと大事にしてくれると思います。
Kさんにそう伝えると、

「是非、お願いいたします。父も喜ぶと思います。」

と快く承諾してくださいました。

そんな経緯の中決まった今年の「日本の郷土玩具」は
Kさんのお父様が集めてこられた郷土玩具を中心に販売いたします。
例年とは少し趣向が違う「日本の郷土玩具」にはなりますが、
200点以上の中からお気に入りを選びに、
ぜひ、ご来場ください。
同じ種類のものはひとつとしてありません。
玩具たちとともにお待ちしています。


佐々木一澄 新春企画「日本の郷土玩具」
会期:2018年1月12日(金)- 31日(水)
時間:11時-19時(最終日は17時まで)
定休日:木曜
会場:OPAshop

販売するもの
・昭和30年代以降に作られた各地の郷土玩具
・大沼秀顯さんの鳴子こけし(宮城県)
・郷土玩具関連の書籍など
・玩具絵など


 

あけましておめでとうございます

昨年は大変お世話になりました。
今年も1月12日(金)から
表参道のオーパ・ショップにて
郷土玩具の企画展を開催いたします。
今年はギャラリーでの個展はありませんが
(「達磨」というグループ展には参加します)
郷土玩具の他、
過去に描いた玩具絵などの販売もいたしますので、
ぜひおこしください。
玩具とともにご来場をお待ちしています。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。


 

こけし手帖682号

こけし手帖682号に
「こけし祭りの未来に今できること」という文章を寄稿しました。
このホームページの9月の日記に書いたものと同じ内容ですが、
手帖用に改稿したものです。
大切なことなので、
しつこいようですがこちらにも改めて。

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9月2、3日の第63回全国こけし祭りの中で行われた
座談会「こけし祭りの未来に今できること」に、
西荻イトチの伊藤ちえさんと一緒に
司会のような役割で出させていただきました。

ここ数年のこけし祭りは、
第3次こけしブームとその余波によってたくさんの若いお客さんを集め、
多くの賑わいを見せています。
しかしその内情は、後継者不足により人手が足りず、
いくつもの業務を少ない工人と役場の方々がこなすことで、
なんとか開催できているというもの。
小学校の体育館という大きな会場の設営もほぼ工人だけでやっていたりと、
どう見てもひとりひとりへの負荷がかかり過ぎています。
その問題をどうにか解決しなくては、
10年後、5年後ですら、
こけし祭りはできなくなっているかもしれない。
深沢要さんの
みちのくは 遥かなれども 夢にまで こころの山路 こころのこけし」
刻まれた歌碑が建てられた記念として昭和23年からはじまり、
今までずっと繋げてきた想いを途切れさせてはいけない。
そんな危機感から鳴子の工人の方々に、
今、こけし祭りをどんな風に思っているのか、
これから先、どうしていくべきか聞いてみたいと思い、
こけし祭りの未来に今できること」というテーマで、
座談会という場所を借り、
いろいろとお話をお聞きしました。

参加してくださった工人は
大沼秀顯さん、柿澤是伸さん、早坂利成さん、松田大弘さん。
年齢も作るこけしのタイプも違う4工人ですが、
みなさん実直に、それぞれの想いを話してくださったことで、
たくさんの問題が浮き彫りになり、
その問題の根の深さを知ることになりました。

議題として上がった問題は
「後継者がいない」「予算がない」「工人と町の人との間に温度差がある」。
どれもすぐに解決できる簡単なものではなく、
どこの地方でも言われていることです。
僕個人がどうにかできることではありません。
ただ、これは工人や町だけの問題ではなく、
愛好家も一緒になって考えていかなくてはいけないもののように思えます。
祭りがなくなることがつらいのは工人だけでなく、
愛好家も同じなのですから。

鳴子温泉がある大崎市は後継者がいない現状をどう見ているのか。
僕が知る限り、20代の工人は松田大弘さんただ1人(修行中を入れたら2人)。
宮城県内の他のこけしの産地では、
市が募集をかけ、工人の育成を行っており、
そのうちの何人かは、一人前の工人として立派に活躍しています。
だからできないことではありません。
そして育成を含め、大崎市が鳴子のことを、こけしのことを、
もっときちんと扱ってくれるなら、
予算の問題も解消される部分は多く、
その影響は祭りにも出てくるのではないでしょうか。

町の人との間の温度差はどうでしょう。
町の人はこけしにあまり興味があるようには見えません。
それは鳴子に限ったことではありませんが。)
こけしが、この祭りが、鳴子という町にとって、
とても大切なものであることを、
もっともっと町の人にも気づいてほしいし、知ってほしい。
鳴子にはこけしがあるということを誇りに思ってほしい。
お土産屋さんも、東北以外で作られる近代こけしを置くのではなく、
鳴子のこけしをもっと置いてほしいし、
旅館やホテルでも良いこけしを買えるようにしてほしい。
ブームが落ち着いてきた今だかこそ、
町全体で一丸となってこけしを支えてほしい。
そうなってくれば、
祭りは続けていくことができるはずです。

座談会に出てくださったみなさんが口を揃えて言っていました。
「鳴子のこけし祭りは、特別なんだよなあ。
こけしを買うだけじゃない特別なものがある。」

残さなくてはいけません。


 

松田大弘さんのこけし

今年はじめにこけし工人としてデビューした鳴子温泉の松田大弘さん。
師匠は松田忠雄さん、大弘さんのお父様です。
最初に大弘さんのこけしを見たのは
ご自身のホームページだったと思いますが、
繊細すぎるくらいに繊細で、
独特な解釈で作られた丁寧な鈴木庸吉型でした。
伝統こけしの本質を感覚的にわかっている人が作るこけしであることに驚き、
松田さんの息子さん、こんなに良いものつくるのか、、、と
嬉しくワクワクした気持ちになりました。
9月のこけし祭り時に鳴子でお会いした際、
その庸吉型を作って欲しいとお願いし、
届いたのが写真のもの。
鈴木庸吉型(左)と高野幸八型(右)です。

高野幸八型についてはまたいつか触れるとして、
鈴木庸吉型について。
鈴木庸吉のこけしは、
素朴という言葉では片付けられない、濃密で激しい情味があるこけしです。
筆の運びは早く、動的なこけしとも言えるでしょう。
静的で端正な佇まいのこけしを作ることが多い松田家では、
このようなこけしは写すのはとても難しい。
普段との振り幅があまりにも大きい。
ただ鈴木庸吉のこけしをじっくり見ていくと、
激しい情味の中に、繊細さがかすかに滲んで見えてきます。
それこそが庸吉こけしの重要な魅力であり、
繊細さがこのこけしを支えているように感じます。
大弘さんは庸吉の写しをするにあたって、
この繊細さを抽出したのではないでしょうか。
これまで何人かの工人が庸吉型の写しを作ってきましたが、
このような解釈のものはなく、
大弘さんの独自性に唸らざるを得ません。
原と比べると印象はだいぶ異なり、
まだまだ硬く、発展の余地はありますが、
その余地さえも魅力のひとつに思えてくる不思議なこけしです。

そして師匠であり父の忠雄さんのこけしも
ここ数年の中で今、とんでもなく良くなっていることを忘れてはいけません。
そこには間違いなく大弘さんの影響と刺激があります。
伝統と血の繋がりと刺激。
素晴らしいことです。

大弘さんは鳴子のこけし工人としては最も若く、まだ20代。
とにかく未来があります。
これからが楽しみでなりません。
あと数年でデビューするであろうひとつ年上の桜井尚道さんと共に、
鳴子のこけしを、こけし界を引っ張っていただきたい。
強くそう思います。

鈴木庸吉のこけしについて


 

「お」展の「おんぶ」

9月15日から20日に
オーパギャラリーにて開催された「お」展が
無事終わりました。
「お」をテーマにしていればなんでも描いて良しのグループ展なんて
今まであったでしょうか。
予想通り、それぞれが自由に描いている、とても楽しい展覧会でした。
お越しいただいたみなさま、出展者のみなさま、
そしてお誘いいただいたタラジロウさん、
どうもありがとうございました。

自分は「おんぶ」をテーマに描きました。
以下展示に寄せたコメントです。

僕には3歳の双子の子どもがいるので、よくおんぶをします。
代わり番こにおんぶをした時の子どもたちは、
きゃっきゃと声をあげ、背中で楽しそうにしています。
他の生き物の子どもも、おんぶが好きに違いありません。