高亀一家のこけし

高亀一家のこけし

写真右のこけし。
妻が正吾さんの奥様からいただいたものです。
このこけしの原は福島県三春町歴史民俗資料館のコレクション、
通称らっこコレクションに「高亀一家」として収蔵されています。
高亀とは、正吾さんの祖父高橋亀三郎のことなのですが、
高亀工場で働いていた職人達のことを総称して「高亀一家」と呼びます。
当時は誰が作ったものなのかは、さほど重要なことではなかったので、
「一家」のように一括りにすることが多く、
特定の人物が誰なのかはっきりしていないものが数多く残されています。

このこけしに、小さく描かれた眼点は、
きりりと何かを見上げています。
強い表情です。
胴模様はコレクションにあるものとは違うものですが、
鉋溝より下には何も描かず白い木地を残すところは一致しています。
普通の感覚でいけば、
ここに轆轤線を入れたり、もう少し茎を長く描くなりして、
余白を埋めてしまうところでしょうが、
白い木地のまま残すところに高亀、正吾さんのセンスを感じます。
こけしは俳句の人形と言われる所以でしょうか。

それにしても「高亀一家」とはいったい誰なのでしょう。
それが気になって仕方がなかったので、
先日正吾さんにお電話をして聞いてみました。
すると「これは一家となってますが、佐竹辰吉ですな。」とのことでした。
佐竹辰吉とは昭和11年頃まで高亀で働いていた職人で、
正吾さんが小学生の頃に亡くなられてしまったようです。
このこけしが作られた昭和のはじめにここで働いていたのは、
高橋武蔵、高橋武男、高橋直次、佐藤乗太郎、佐藤養作、秋山忠市、
そして佐竹辰吉。
描彩だけだと、武蔵の妹であるマサノも。
他にも描彩者はいたかもしれません。
その中でこれは辰吉に違いないと断定されていました。
高亀の中では辰吉の描彩は雑なのです、と。
ほんの少しの筆のブレや、眼点の微妙な角度などの違いを、
図録に載る小さな写真の中から見分ける正吾さんの眼力には
凄まじいものがあります。
ただ正吾さんは
「あまりいろいろなことが明らかになってしまうと
想像する楽しさも半減してしまうので、
ほどほどにしておくのがミソということですな。
話半分に聞いて下さい。」
と笑っておっしゃっていましたが、
聞けば聞く程、ますます知りたいことが増えてくるのです。
なんて深い深い世界なんでしょうか。

左のこけしも右と同じくらっこコレクションにあるものの写しで、
5月の訪問の際に持ち帰ったものです。
こちらは「高亀一家」ではなく、佐竹辰吉名義になっています。
赤い染料は40年代に鳴子でよく使われていた
ヨウシンを使用しているようです。
少しキラキラとしていて不思議な光沢を放っています。