高橋正吾さんの武蔵たちこ写し

高橋正吾さんの武蔵たちこ写し

先日開催された第60回こけし祭りの際に、
高橋正吾さんのお宅を訪ねました。
少し前に、昭和15年頃の高橋武蔵作の
真っ黒になってしまったたちこが手元にきたので、
その写しをお願いしていたのです。
戦前の鳴子のたちこのフォルムは、
どれも柔らかく、優しく、色気があります。
それを正吾さんがどのように作るのか、
とても楽しみにしていたのです。

お茶と梨をごちそうになりながら、
いつものようにいろいろとお話しを聞かせせていただいたのですが、
その中で特に印象深かった話。
正吾さんは目が悪くなってしまったため
筆をどこに置くのか迷うことがあるようです。
なので筆が木地に触れた時の、筆の折れ具合で判断し描いていくとのこと。
身体が覚えているので、そこはなんとかなるのだけれど、
眼点は点ですから右にも左にも行けず、筆を置いた場所で決まってしまう。
ただの点でもそこには表情があるので、なかなか苦労しとるんです。
そんなことをおっしゃっていました。
点にも表情がある。
こけしはただの人形ではないのだなあと改めて思った瞬間でした。

そんな話をしていると
「作っておきましたよ。頑張ってみましたが全然だめでした。」と言いながら、
お願いしていたたちこが入った箱を持ってきてくださいました。
そこには目が悪くなってきたという言葉がどこかに消えてしまうほど
瑞々しく生命力に満ちたたちこが10本ほど並んでいます。
水面に漂う楓が瑞々しく描かれ、少しはにかんだ表情を浮かべています。
正吾さんのアレンジで作っていただいていた重ね菊も素晴らしい。
そしてこの色気のあるフォルム。
やはり正吾さんはすごい。
お願いしていたものを目にする時の緊張感と高揚感、
その時に香る木の香り。
この瞬間、この香りがたまらなく好きです。

僕は昭和15年頃の武蔵こけしの優しい表情の奥には
ほのかに寂しさを感じ、それがなんとも言えない魅力を放っているように思います。
今回正吾さんに作っていただいた写しからも同じように寂しさを感じます。
その寂しさはなんなのか僕にはわかる術はありませんが、
正吾さんは
「このこけしが作られた昭和15年頃武蔵さんは、
どんな気持ちで作っておったんだろうか」
そんなことを考えながら作るとおっしゃっていました。
大げさに言えばその時の武蔵さんになるということです。
完璧に木地や描彩を写しただけでは、生命力が感じられるこけしはできません。
原のこけしの内面を探り、追って、求めて、咀嚼し、自分の表現をする。
そうしなければ、ただのコピーで終わってしまうのではないでしょうか。
追求すること。
それが生命力のあるこけしを作るには、
最も重要なことだと感じています。
ただのコピーで良いのなら、
正吾さんにお願いする必要もありません。

正吾さんの手から生み出されるこけしは、
愛情で満ちあふれ、このたちこの柔らかいフォルムのように、
優しく穏やかな気持ちにさせてくれる力があるように思います。
奇をてらわず、普通にそこにいることが、なんてありがたいことなのだろう。
正吾さんのこけしを見ていると、
いつもそんな気持ちになります。
僕のような若造の依頼にも
真摯に答えて下さる正吾さんのその姿勢には、
ただただ頭が下がるばかりです。

写真左が原の昭和15年頃の高橋武蔵作たちこ。
真ん中2本がその写し。
右が重ね菊。