終戦の日

終戦の日

8月15日、終戦の日。

自著『てのひらのえんぎもの 日本の郷土玩具』で
浜松張子について書いた文章を少し掲載いたします。
浜松張子には第二次世界大戦の空襲により、
すべてを焼失した過去があります。

戦争が世界からなくなるよう、心から願っています。


浜松張子は、
明治初年に江戸から移住した旧幕臣の三輪が
江戸の張子に影響を受けて作りはじめたといわれています。
永保は息子の永智に跡を継がせるため、玩具雑貨商「かすみや」で修行させます。
永智は店主の織田利三郎に習いながら、
亀戸の張子(埼玉県越谷市船渡地区で作られていた船渡張子の別称)も参考にして
様々な張子を創案しました。

永智の代でさらに発展した浜松張子も、
第二次世界大戦の空襲で工房が全焼、木型もすべて焼失し伝統が断たれてしまいます。
浜松は飛行場や軍需工場が多く、
東京・名古屋を空爆するB-29の往復ルートに位置することから
「残った爆弾は浜松に落とせ」と多くの爆弾が落とされたといわれています。

戦後の復興期、すべてを焼かれて気落ちしている永智に代わり、
永保の六女で永智の妹である二橋志乃が昭和二十三年(一九四八)に木型を再興し、
張子作りを復活させます。

子どもに与えるおもちゃがないという町の声を聞いて、
志乃も「慰めのない子どもたちに何か作ってやりたい」という思いを
抱いていたのでした。
復興の象徴として張子を作るという意味合いもあったのかもしれません。